沿革

1764年の創業から今日に至るまで、
松本醤油商店250年の歩みをご紹介します。

江戸時代

明和元年(1764年)

横田家が川越にて醤油製造を開始。店蔵*が建造される。
ここで造られた醤油が、川越城に献上されただけでなく、舟運によって江戸へ供給されたと推測される。*店蔵は、現在「ガラスアートblue moon」が営業している建物

寛政3年(1791年)

横田家が川越藩御用達となり、町年寄格・苗字・他所出帯刀を許される。

文政2年(1819年)

横田家500石の士分格に取り立てられる。

天保元年(1830年)

醤油蔵普請にあたり、醤油蔵と木桶を拡張し増設。(現在の天保蔵)

醤油蔵を増築するために、養寿院、町内(鴫町)の惣代5名より許可を頂いた書類
醤油蔵を増築するために、養寿院、町内(鴫町)の惣代5名より許可を頂いた書類。これにより蔵を増築をした。
(国文学研究資料館 所蔵)
横田家について

かつて伝説的豪商と呼ばれた第12代横田五郎兵衛が近江より川越に移り、米穀問屋、酒・醤油製造業、金融業を営みました。
江戸末期に横田家は隆盛を極め、「関八州田舎分限角力番附」に、江戸を除く関東の豪商200人中、東の横綱になっていました。江戸にも出店し、五郎兵衛が来ると米の相場が変わると言われ、江戸や大坂の米相場を動かす程の力を持っていたと伝えられています。参考)「料亭山屋」ホームページ

醤油蔵を増築するために、養寿院、町内(鴫町)の惣代5名より許可を頂いた書類
横田五郎兵衛の直筆(嘉永6年 万通帳より。国文学研究資料館 所蔵)

明治~平成

明治22年(1889年)

松本家初代新次郎、横田家の醤油造り・蔵を引き継ぎ、名称を松本醤油商店と改める。

松本家初代新次郎肖像
松本家初代新次郎肖像

明治26年(1893年)

川越大火により町の三分の一が焼失。店蔵、醤油蔵共に大火を逃れる。

昭和2年(1927年)

合名会社として組織変更

平成18年(2006年)

合名会社より株式会社に変更